中小・中堅企業のプロ経営者の目指すべき人物像
投稿日:2023年1月26日 / 更新日:2024年2月18日
本稿は、2023年1月26日に株式会社スーツにおいて開催された「中小・中堅企業のためのプロ経営者育成講座」(講師:株式会社スーツ 代表取締役社長CEO 小松 裕介)をダイジェスト版に加工した記事の第2回です。
【まとめ】
講師:株式会社スーツ 代表取締役社長CEO 小松 裕介(以下同じ):
続けてまいりましょう。次は前提となる世界観です。
「世界は、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層に分断される」
これはチームラボの猪子寿之さんのコメントなのですが、2023年時点、世の中は二分されてきています。
「グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ」はGAFAのようなITプラットフォームを想像していただくと分かりやすいと思います。人類80億人のうち40億人をターゲットに科学で勝負しよう。これはグローバル・ハイクオリティな1人の天才が、例えばAIなどのコンピューター・サイエンスや創薬などの最先端科学を活用したプロダクトを作って、この画期的なプロダクトが世界中の人々に使われるという世界観です。ここでは、特に人間同士のふれあいとかやりとりとか、いわゆるコミュニティがあるわけではなくて、純粋に科学を活かして、それで世界に向けてハイクオリティの商品・サービスを提供する、そういった世界観になります。
対極なのが「ローカル・ロークオリティでコミュニティ」。こちらは何かというと、まさに今回のテーマになっていて、皆さんに今後活躍していっていただきたい中小・中堅企業の世界観でして、人間同士のつながりを基礎とした、昔ながらのコミュニティを伴うものです。日本のGDPの大半はこちらから生まれています。
私の考えでは、例えばオシャレで人気な蔦屋書店さん。ポイントを活用したデータ・マーケティングをドリブンに、オシャレなライフスタイルを前面に打ち出して、地方のショッピングセンターのアップデートをされている会社です。もちろん同社の経営層は能力ある方が多いので「グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ」もキャッチアップをしているとは思いますが、基本的には、彼らが目指しているところは「ローカル・ロークオリティでコミュニティ」のビジネスだと思うのです。
流通・小売のリアルな商売は、まさに「ローカル・ロークオリティでコミュニティ」のビジネスだと思います。コミュニティの消費は、合理的・科学的にメリットがあってオススメというわけではなく、仲の良い友人や小さなコミュニティの中で流行を牽引してくれるインフルエンサーがオススメするから買ってみようとかなんです。親友のAさんが良い商品だと言っているので私も買ってみよう。国内でもこういった流通・小売の売上は物凄い大きな金額が流れているのです。
情報感度の高い受講者の皆さんでも「日常の世界観はどちらですか?」とお聞きしたら、先ほど紹介したGAFAを代表とするシリコンバレーのような世界観ではなく、今言ったような「ローカル・ロークオリティでコミュニティ」が中心になるのではないかと思います。
次に中小・中堅企業と大企業の違いについて共通理解を持っておきたいと思います。本講座のタイトルにわざわざ「中小・中堅企業のための」という言葉を付けたことからもご想像いただけるかと思いますが、大企業の経営と、中小・中堅企業のそれとでは全く別物です。5点に分けてお話ししたいと思います。
(1)資金・資産、ブランド、人材獲得能力がない
大企業と中小・中堅企業の比較表を表示しておりますが、大企業と比較すると、中小企業にはヒト・モノ・カネの経営資源が本当に枯渇しているのが実情だと思います。
当たり前ですが、お金はありません。大企業と比べたら本当に雀の涙しかないのです。あとブランド。ブランドについても、いち中小・中堅企業のことをご存じの方は限られます。集客力や採用力など、人を獲得する能力もありません。大企業が何か新しいことを始めたら、それだけで注目されてメディアも記事に取り上げてくれるのですが、中小企業ではそういったこともありません。人材採用も、中小企業では人を採用するのが本当に大変です。そもそも名前すら知らない会社に、転職希望者はなかなか興味を持ってくれないですよね。
(2)ケイパビリティがない
次にケイパビリティ。ケイパビリティとは、企業の組織的な能力、組織力、組織の実行力のことです。ここでスタッフ数を項目として載せましたが、大企業で働いているときは気が付かない方が多いのですが、スタッフ数が多いことは分かりやすく凄い力なのです。
先日、有名なIT企業が、不調と言われている自社の通信サービスの利用者獲得のために「スタッフみんなにノルマを課して営業だ」と会社が言っていてTwitterなどで話題になっていましたが、スタッフ数が多いと、あれだけで売上がメチャクチャ増えるんです。中小企業の年間売上ぐらい、このノルマだけで獲得できちゃう。やっぱり数の力っていうのは凄い力なんです。地方に行くと「企業城下町」がありますよね。大企業の本社や工場があって多くのスタッフがそこで勤務している。社員数が多く、その大企業からもたらされる税収も多いので、その地域の財政を支えていたりもします。企業のメンバーが中心となって、スポーツチームや文化会などを作り、その地域の文化的な発展や経済成長に寄与し、更に企業のブランドイメージを高めていたりもする。これは凄い力です。中小・中堅企業に同じことを求めるのは難しいでしょう。
(3)マネジメントシステムがない
また、中小・中堅企業は、社内の仕組み、システム化とかマネジメントシステムが本当に脆弱です。組織の定義、コミュニケーションの定義、そして、タスク管理などは一切されていない会社が多いです。どの組織がどの仕事をするのか不明確ですし、部署会議や役職者会議すら定期的に開催されていない会社が多いです。「人ありき」で経営されていて、組織のルールではなく漠然と「この人がこの仕事をやる」となっているため、他の人はその仕事内容を一切把握していない。このため、仕事の担当者が病気になったり急に辞めてしまったりすると、会社組織が回らなくなってしまう。後述するITリテラシーにも関係しますが、中小・中堅企業のシステム化の遅れも生産性を著しく低下させている原因だと思います。もっとも、中小・中堅企業の方からすれば、ITがないのが当たり前ですので、自社の生産性が低いということすら認識していない、というケースも多いです。
(4)モラルやモチベーションが低い
加えてもう一つ。中小・中堅企業のスタッフのモラルとかモチベーションの低さは、関わったことの無い方からすると、理解できない世界かもしれません。中小企業で働く多くのスタッフの仕事観は、高校生や大学生のアルバイトと同じで、仕事とは労働であり、極端な話、苦役であって、自分の自由な時間を差し出して面白くない労働をしてその代わりに対価報酬をもらうという、さすがにプロレタリア文学の「蟹工船」とまでは言いませんが、20世紀初頭のような仕事に対する価値観なのです。
私は地方にある企業再生も手掛けたことがあるのですが、その時、「元々暴走族でした」というスタッフたちと一緒に仕事をさせてもらったことがあります。それこそ彼らは一切の悪気なく、正社員採用の面接に、B-BOYのダボダボっとした格好で来てしまっていました。「いや、流石にここはどう考えても勝負どころなんだから、スーツを着て来るところだろう?」と衝撃を受けました。しかし中小・中堅企業のスタッフは、大企業の価値観や常識からすると、それぐらい“常識外”の行動をしてしまうのです。ただ、彼らに悪意や悪気があるわけではなく、大企業で働くスタッフの平均と比較した場合、少しだけモラルやモチベーションが低いのです。
(5)ITリテラシーが低い
最後、昨今、特に中小企業で問題になっているのが、ITリテラシーです。世の中には効率化を図るITツールが沢山あるのですが、それが定着できず入らない。運用できないのです。ITリテラシーについては本当に世の中が分断されていると思います。
本講座を受講して下さっている皆さんだったら、例えばチャットツールで「Teamsを使っています」とか「ChatWorkやSlackを使っています」とかあると思います。でも、現在の日本で売上・ARRが物凄い伸びているのはLINEWORKSなのです。LINEは日本国民の大半が使っているコミュニケーション・インフラであって、そのインターフェイスは使い勝手がいいわけです。だから、LINE WORKSが大人気なわけです。
しかし、今日こういったセミナーに参加するような皆さんからすると、この世界は見えていないのです。そのため、中小・中堅企業のプロ経営者になるためには、まずこの中小・中堅企業の世界を知るところからスタートしなければならないと思っています。皆さんが思われている以上に、日本社会でも乖離・分断が生じているのです。
これまでお話してきたように、大企業と中小・中堅企業とではその事業環境は大きく異なります。そのため、中小・中堅企業のプロ経営者として目指すべき人物像は、やはり大企業のプロ経営者とは違うと思うのです。中小・中堅企業のプロ経営者は、そもそも実務能力が一定程度ないと始まりません。
大企業のようにスタッフのレベルが高い場合、経営理念や経営戦略のみでも物事が進むのです。もっと言えば、実務は現場でできるし、現場の人の方が詳しいので、現場の具体的なオペレーションの話までは求められていないわけです。むしろ必要なのは、組織が今後どのような方向を目指していくのか。組織が向かうべき未来像はどこなのか。そういった話が経営者に求められます。
一方で、中小企業の場合では、もっと現場レベルの話をしないと進みません。場合によっては、「Aさん、私と一緒にこれやろうよ!」と言わないと事業が進まない。そうなると、経営者に実務能力が求められるわけです。中小・中堅企業の経営者で求められている人物像は、「あとはヨロシク!」で業務が流れていかない状況の中で、その実務のフォローができる人なのです。
これを言語化すると、このようなイメージです。
「中小企業等の企業価値を大きく向上できるハイ・パフォーマーな『プロ経営者』とは、実務経験に裏付けられた高いマネジメント・スキルや主体性や政治力(交渉力・調整能力)など、高いリーダーシップ・スキルを有し、豊富な活動量で、なおかつ、正確な情報分析に基づくコミュニケーションができる人物」です。
中小企業の企業価値向上を大きく実現できるハイパフォーマーなプロ経営者はこういう人です。実務経験に裏付けられたマネジメント・スキルがあって、主体性と政治力がある。こういった高いリーダーシップのスキルがある方。それでいて、豊富な活動量で、正確な情報分析に基づくコミュニケーションができる人。でもこれって、ほぼスーパーマンですよね。
皆さんにも得意・不得意があると思います。マネジメントに関しては自信のある人は、交渉であったり調整であったりだとか、コミュニケーションであったり、いろいろな人を協力者として巻き込んでいくリーダーシップをぜひ身に着けてもらいたいです。逆に、リーダーシップについては自信があるけれども、マネジメントはやや苦手だなという人は、そこも諦めずにマネジメント・スキルを身につける。
本来は、会社経営はチームで行うものです。一人でスーパーマンになる必要はありません。マネジメントチームですので、各役員がそれぞれの得意分野・専門性を持ち寄って、経営をすればいいんです。しかし、既に実際に経営者として活動されていらっしゃる方は同じようなお考えだと思うのですが、中小・中堅企業はマネジメントチームを作ること自体が難しいんです。
CEO、COO、CFO、CMO、CTOとか、よくCXOと言いますよね。社長がいて、執行責任者がいて、財務責任者がいて、マーケティング・テクノロジーの責任者がいる。いや正確には“いるべき”なんです。ただ、中小・中堅企業では、まずその5人が集まらないのです。
CXOのピースが集まらないならば、専門外であっても、誰かがその仕事をしなければいけないのですが、多くの場合は社長が穴埋めするしかありません。ただ、現実的にはその穴埋めをするのは本当に難しい。難しいけれど、そこを諦めてしまうと会社が成長しないのです。
そのため、本来は別のCXOがカバーすべき専門性を経営者としてどのようにまかなうか。少なくともリスクが分かるぐらいの努力をするか。この論点を見過ごすと危ないな、というぐらいの理解を持っていなければならないのです。
こういった前提の中でぜひご理解いただきたいのが、「神は細部に宿る」なんです。お客様が「さぁ契約しよう」という時に、例えば誤字脱字があるだけで「この会社大丈夫かな」と思うのです。やはり細かい最後のところまで誰かが責任を持たなければならない。
先ほど中小・中堅企業のスタッフは、大企業と比較すると、モラルやモチベーションが低いところがありますという話をさせていただきました。そのため、例えば営業資料だったり提案資料だったり、本来はちゃんとしていなければならない資料に誤字のあることが、往々にして起こり得るのです。こういった細かい誤字脱字や言い回しのチェックは、誰かが責任感を持ってしなきゃいけない。では「このチェックするのは誰ですか?」と言ったら、大企業のスタッフの皆さんからすれば、信じられないかもしれないけど、これは社長がやらなきゃいけない仕事なのです。これが中小・中堅企業の世界です。
最後に「量が質に転化する」。これは当たり前すぎてあまり教科書に書いていないことなのですが、何ごとも、沢山やらないと良くなりません。
これも中小企業と大企業で違うところでして、大企業は社員数が多いので、一人ひとりが頑張っていなくても、組織レベルではしっかりとノウハウが溜まっていくのです。また、大企業にはこういった個人レベルの経験、ノウハウを情報共有するマネジメントシステムがあるのです。具体的には、クレーム情報の共有だったり社内勉強会・研修会の仕組みだったりが挙げられます。最近は、特に大企業では、このナレッジマネジメントをシステムで効率的に行おうと考えていますよね。
しかし、中小・中堅企業の場合だと、そもそもスタッフ数が少ないために、統計的に必要となるサンプル数に至らないことが多いわけです。そうなると会社を良くするためには、この少ない人数のスタッフが頑張るしかない。それこそ沢山動き回って、サンプル数を集めて、組織的な経験則・ナレッジを貯めるしかありません。ないないづくしの中小企業であっても、「量が質に転化する」というこの厳然たる事実と向き合わなければいけません。
大企業出身者の方で、中小企業やスタートアップ企業などの小規模組織に転職しても、大企業と同じノリで働く人がいるのですが、私はその人たちの働き方で会社が良くなったところを見たことがありません。本日の受講者の中にはスタートアップ経営者の方もいらっしゃいますので、スタートアップ経営者の成功確率は活動量の多さで確実に上がるということはご理解いただけているものと思います。この活動量という熱量が企業価値向上・バリューアップの第一歩なのです。中小・中堅企業のプロ経営者は、リーダーシップを発揮して、スタッフを動かして、お客様が満足するサービス・商品のクオリティを獲得するために、活動量を増やさなければならない。そこの戦いをやっていると思って下さい。
もちろん健康は大事なので、寝てください、しっかりと休んで下さいというのはありますが、中小・中堅企業を本気で良くしようと思うならば、大企業のサラリーマンと比べて、遥かに沢山働く必要があると思います。
(続く)第3回 中小・中堅企業のプロ経営者とはリーダーである
【中小・中堅企業のためのプロ経営者育成講座】
第6回 中小・中堅企業のプロ経営者への道
※ 「経営支援クラウド」「Suit UP」及び「全社タスク管理」は株式会社スーツの登録商標です。
2013年3月に、新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト株式会社(現社名:伊豆シャボテンリゾート株式会社、東証スタンダード上場企業)の代表取締役社長に就任。同社グループを7年ぶりの黒字化に導く。2014年12月に当社の前身となる株式会社スーツ設立と同時に代表取締役に就任。2016年4月より、総務省地域力創造アドバイザー及び内閣官房地域活性化伝道師登録。2019年6月より、国土交通省PPPサポーター。
2020年10月に大手YouTuberプロダクションの株式会社VAZの代表取締役社長に就任。月次黒字化を実現し、2022年1月に上場会社の子会社化を実現。
2022年12月に、株式会社スーツを新設分割し、当社設立と同時に代表取締役社長CEOに就任。