M&Aを従業員に説明する4ステップ|伝える順番と不安への答え方

M&Aで会社や事業を譲り渡すとき、経営者が最も神経を使う場面のひとつが従業員への説明。

伝えるタイミングを誤れば動揺や離職を招きますが、丁寧に進めれば、従業員は新しい体制を前向きに受け止めてくれます。

本記事では、M&Aを従業員に説明する手順を、いつ・誰に・どう伝えるかに分けて整理します。

開示のタイミング、株式譲渡・事業譲渡・会社分割で変わる従業員の立場、雇用や待遇への不安への答え方、そして説明後のフォローまで、売り手経営者の視点を中心に、買い手側の考え方もあわせて解説します。

目次

【早見】M&Aを従業員に説明する4ステップ

結論から言うと、一般社員への公表は最終契約の締結後〜クロージング前後に一斉に、順番は役員→キーマン→全社員が原則です。

図1:M&Aの従業員説明は「役員→キーマン→全社員→個別フォロー」の順で、確定後に一斉開示するのが基本。

最初に、この記事で解説する内容の全体像を押さえておきましょう。

細かな手順は後半で詳しく説明しますが、まずは「どんな流れで進むのか」をつかんでおくと、各ステップの意味が理解しやすくなります。

従業員説明の5ステップ早見

「説明の準備・計画→キーマンへの先行説明→全社員への一斉説明→個別フォロー」という流れで進めます。
ステップを飛ばすと後で不信や離職につながるため、順を追って進めましょう。

M&Aにおける従業員説明は、思いつきで進めるものではありません。

次の4つのステップを、順番を守って進めるのが基本です。

  1. シナリオ設計:買い手と「誰に・いつ・何を・どの順で伝えるか」をすり合わせる
  2. 役員・キーマンへ先行説明:秘密保持を前提に、幹部へ早めに個別で伝える
  3. 全社員へ一斉開示:最終契約後〜クロージング前後に、説明会で全員に同時に伝える
  4. 個別フォロー:公表後は面談を重ね、一人ひとりの不安に継続的に向き合う

なぜ「順番」と「タイミング」が決定的なのか

M&Aの情報は極めてデリケートな未確定情報
開示が早すぎても、順番を誤っても、動揺・離職・破談のリスクが跳ね上がります。

従業員への説明でつまずく原因のほとんどは、内容そのものより「いつ・誰から伝えたか」にあります。

まだ成立していない段階で一般社員に伝われば、不安が広がり、取引先や金融機関に噂が回り、最悪の場合は取引自体が破断になることも。

逆に、確定してから正しい順番で丁寧に伝えれば、従業員は「きちんと向き合ってもらえた」と感じます。

だからこそ、この記事ではタイミング・スキーム・不安への回答・手順・説明後のフォローを分解して解説します。

M&A全体の流れや後継者問題との関係を先に知りたい方は『事業承継は何から始める?最初の一歩と5ステップ』のページもあわせてご覧ください。

M&Aを従業員に「いつ」伝えるべきか|開示のタイミング

一般社員への公表は最終契約の直前〜クロージング前後が原則。
それより前は秘密保持を最優先し、役員・キーマンにのみ段階的に伝えます。

M&Aの検討からクロージングまでの時系列と、役員・キーマン・一般社員それぞれに伝えるタイミングを示した図
図2:役員は基本合意〜デューデリジェンス段階、キーマンは公表数日前、一般社員は最終契約後という段階的な開示。

M&Aの従業員説明で最初に決めるべきは「伝える相手とタイミング」です。

ここを外すと、その後どんなに丁寧に説明しても取り返しがつきません。

役職によって適切な時期が違う点も、あわせて押さえましょう。

一般社員は「最終契約後」に一斉開示が原則

一般社員へは、M&Aが確定してから全員に同時に伝えます
フライングも小出しも、憶測と不公平感を生みます。

一般の従業員への公表は、最終契約(株式譲渡契約など)の締結・クロージングの前後に行うのが一般的です。

取引が確定していない段階では、情報を知る人を最小限に絞り、秘密保持を徹底します。

公表の場は、朝礼や全体会議など全社員が同時に情報を受け取れる場を選びます。

一部の人にだけ先に伝わると、「なぜ自分は後回しなのか」という不信や、事実と異なる噂が広がる原因になります。

早すぎる開示が招く3つのリスク

確定前に一般社員へ伝えることには、混乱・情報漏洩・破談という重いリスクがあります。
“早く伝えたほうが誠実”とは限りません。

「隠すのは不誠実では」と感じる経営者もいますが、未確定の情報を早く開示することはむしろ従業員を不安定な状態に置きます。

具体的には、次の3つのリスクがあります。

  • 従業員の動揺と離職:まだ何も決まっていないのに不安だけが広がり、キーマンが先に辞めてしまう
  • 情報漏洩:取引先や金融機関に噂が伝わり、取引条件が悪化したり信用不安が起きる
  • 取引の破談:企業価値が毀損し、買い手が条件を見直す・撤退するなど、M&A自体が頓挫する

秘密保持は従業員を軽視しているのではなく、雇用と取引を守るための配慮です。
この考え方を、公表時にきちんと言葉にして伝えると納得されやすくなります。

役員・キーマンは例外的に早く伝える

経営に関わる役員や事業の要となるキーマンには、秘密保持を前提に段階的に早く伝えます。
彼らの協力が全社説明の成否を分けます。

一方で、全員に一斉開示すればよいわけではありません。

実務では役員・共同経営者は基本合意〜デューデリジェンスの段階部長やキーマン社員は全体公表の数日前、というように、上位の役職ほど早く伝える段階的な開示が取られます。

キーマンの離職はM&Aの価値そのものを損なうため、買い手が重要人物の残留を取引条件(キーマン条項)とすることもあります。

早い段階で味方になってもらい、全社説明では一緒に従業員を支える側に回ってもらうのが理想です。

スキーム別に従業員の立場はどう変わるか

同じ「M&A」でも、株式譲渡・事業譲渡・会社分割で従業員の立場と説明すべき内容は大きく変わります。
まず自社のスキームを確認しましょう。

株式譲渡・事業譲渡・会社分割で従業員の雇用契約や同意の要否がどう変わるかを比較した図
図3:株式譲渡は原則そのまま継続、事業譲渡は転籍に同意が必要、会社分割は承継法の手続きが必要。

従業員への説明を設計する前提として、自社のM&Aがどのスキームかを把握しておく必要があります。

スキームによって、雇用契約の扱いも、従業員の同意が要るかどうかも、伝えるべきポイントも変わるからです。

まず全体を表で見比べてから、それぞれを詳しく見ていきましょう。

→ 表は横にスクロールできます

スキーム雇用契約個別同意説明で強調する点
株式譲渡雇用も労働条件も原則そのまま継続原則不要会社も雇用契約も今のまま続きます。変わるのは株主(経営の親会社)です
事業譲渡転籍には従業員本人の同意が必要必要転籍には皆さん一人ひとりの同意が必要です。条件がどう変わるかを個別にご説明します
会社分割・合併労働契約は承継されるが法定の保護手続きがある承継自体に個別同意は不要だが、通知・協議・措置労働契約は法律に沿って承継されます。対象になる方には書面で通知し、個別に協議の場を設けます

中小企業のM&Aでは株式譲渡が最も多く、この場合は従業員の立場が変わりにくいため説明もシンプルです。

一方、事業譲渡や会社分割では、従業員の同意や法定の手続きが関わるため、説明の難易度が上がります。

自社がどのスキームで進んでいるかを、まず仲介会社や専門家に確認しておきましょう。

株式譲渡|雇用も労働条件も原則そのまま継続

会社の株式(オーナー)だけが買い手に移り、従業員の雇用主である会社そのものは変わりません。
だから雇用契約も就業規則も、原則そのまま引き継がれます

中小企業のM&Aで最も多いのが株式譲渡です。

売り手の株主が持っている株式を買い手へ譲渡する取引で、従業員が所属する会社の法人格はそのまま残ります。

雇用主が交代するわけではないので、労働契約は自動的に継続し、従業員一人ひとりの同意も原則として必要ありません。

従業員への説明では「勤務先も待遇も基本は変わらない」という安心を最初に伝えられるのが、このスキームの強みです。

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観点内容
従業員の個別同意原則不要(雇用主である会社が変わらないため)
労働条件の扱い就業規則・給与・退職金などの労働条件は原則そのまま維持される

根拠となる制度はe-Gov法令検索:会社法などで確認できます。

従業員への説明のポイント:「会社も雇用契約も今のまま続きます。変わるのは株主(経営の親会社)です」と、従業員への直接の変化がないことをまず伝える。

事業譲渡|転籍には従業員本人の同意が必要

特定の事業だけを売買する取引で、その事業で働く従業員は買い手へ「転籍」します。
雇用契約は自動では移らず、買い手と新たに労働契約を結び直すため、本人の同意が欠かせません。

事業譲渡では、譲渡される事業に従事する従業員は、いったん元の会社を退職して買い手企業へ入り直す「転籍」の形になります。

使用者が労働者の同意なく契約上の地位を第三者へ譲り渡すことはできない、と民法に定められているため、従業員一人ひとりから転籍への同意を得る必要があります。

労働条件が現状のまま維持される保証はなく、買い手の制度に合わせて再設計されることもあるので、説明では「同意が必要なこと」「条件がどう変わり得るか」を丁寧に扱います。

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観点内容
従業員の個別同意必要(転籍には本人の同意が要る。民法625条の趣旨)
労働条件の扱い買い手の就業規則に合わせて給与・役職・定年などが変わり得る(同一条件維持の法的義務はない)

根拠となる制度はe-Gov法令検索:民法などで確認できます。

従業員への説明のポイント:「転籍には皆さん一人ひとりの同意が必要です。条件がどう変わるかを個別にご説明します」と、選択の余地があることを示す

会社分割・合併|労働契約は承継されるが法定の保護手続きがある

会社分割や合併では、対象事業に主として従事する従業員の労働契約は包括的に承継されます
ただし会社分割には、労働者を保護するための通知・協議・措置が法律で義務づけられています。

会社分割では、分割される事業に主として従事している従業員の労働契約が、原則としてそのまま承継会社へ引き継がれます。

合併も同様に権利義務が包括的に移ります。

ただし会社分割については、労働者が知らないうちに勤務先や地位が変わってしまう不利益を防ぐため、労働契約承継法が通知・協議・措置といった手続きを分割会社に課しています。

従業員への説明では「あなたの労働契約がどちらの会社に承継されるか」「異議を申し出る権利があること」を正確に伝える必要があります。

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観点内容
従業員の個別同意承継自体に個別同意は不要だが、通知・協議・措置(労働契約承継法)が必須
労働条件の扱い労働条件はそのまま承継されるのが原則。異議申出の権利が認められる場合がある

根拠となる制度はe-Gov法令検索:会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律などで確認できます。

従業員への説明のポイント:「労働契約は法律に沿って承継されます。対象になる方には書面で通知し、個別に協議の場を設けます」と、手続きの存在を明示する

従業員が抱く4つの不安と、経営者の答え方

従業員の頭にあるのは「自分はどうなるのか」の一点です。
雇用・待遇・働き方・成立可否という4つの不安に、先回りで答えを用意しておきましょう。

従業員が抱く雇用・待遇・働き方・成立可否という4つの不安と、それぞれへの答え方を示した図
図4:4つの不安それぞれに、確定情報を正直に伝える・共感する・未定は未定と言う、で答える。

説明会でうまく答えられるかは、事前にどれだけ従業員の不安を想像できているかで決まります。

それぞれに、経営者としてどう答えるべきかをセットで確認しましょう。

共通して大切なのは、「自分より不安なのは従業員だ」という前提に立つこと。

経営者はM&Aの検討過程を通じて情報を消化する時間がありますが、従業員はある日突然知らされます。

同じ事実でも、受け取る側の心の準備はまったく違うと理解したうえで、一つひとつの不安に共感しながら答えましょう。

自分の雇用は守られるのか(リストラはないか)

従業員が最初に抱く最大の不安。
「買収されたら人が減らされるのでは」という恐れは、事実がどうであれ自然に生まれます。

友好的なM&Aでは、従業員の雇用維持が売り手側の重要な交渉条件になることが多く、最終契約に雇用維持に関する取り決めを盛り込むケースもあります。

決まっている範囲で「当面リストラの予定はない」など確定した事実だけを正直に伝え、決まっていないことは「未定」と明言します。

答え方のポイント確定していない安心材料を口約束しない。守れない約束はかえって離職の引き金になります。

給与・賞与・退職金・待遇は変わるのか

雇用の次に気になるのがお金と待遇です。
とくに勤続年数の長い従業員は、退職金の計算や積み上げてきた条件が引き継がれるかを心配します。

株式譲渡では労働条件は原則そのまま引き継がれます。

最終契約で一定の雇用維持期間(一般に1〜2年程度とされる例が多い)を設け、その間は現状の水準を維持する取り決めを置くこともあります。

将来的な制度統合で変わり得る部分は、決まった段階で個別に説明する、という姿勢を示します。

答え方のポイント:退職金の勤続年数の通算など、従業員が具体的に気にする点を先回りで説明すると信頼が高まる。

上司・勤務地・評価制度・社風はどうなるのか

「上司が変わるのか」「転勤させられるのか」「評価の基準が変わって不利にならないか」といった、日々の働き方に直結する不安です。

統合プロセス(PMI)で、評価制度や配置、福利厚生が将来見直される可能性がある点は、決まっている範囲で率直に伝えます。

そのうえで、後継者問題の解決・経営の安定・成長機会といったM&Aのポジティブな理由と将来像をセットで示すと、変化を前向きに受け止めてもらいやすくなります。

答え方のポイント変化の可能性を隠さない。あとで「聞いていない」となるより、幅を持たせて先に伝えるほうが動揺は小さくなります。

そもそもM&Aは本当に成立するのか

説明を受けた従業員は「この話は確実なのか」を見ています。
ここで過度に安心させると、後で食い違ったときの不信感が大きくなります。

「必ずうまくいく」「リスクはゼロ」とは約束しません。

現時点で確定していること(契約を締結した事実など)と、これから進めることを切り分けて説明します。

誠実に不確実性を認めるほうが、結果的に従業員の信頼を保てます。

答え方のポイント:断定を避けることと、不安を放置することは違う。事実は事実として、丁寧に・こまめに共有し続けます。

M&Aを従業員に説明する手順|誰に・いつ・どう伝えるか

ここからは具体的な手順です。
シナリオ設計→キーマンへの先行説明→全社員への一斉説明→個別フォローの4ステップを、順番に進めます。

図5:説明は準備から始まり、キーマン、全社員、個別フォローへと段階的に進める。

タイミングとスキーム、従業員の不安解消を押さえたら、いよいよ実際の説明を進めます。

ここでは、準備から公表後のフォローまでを4つのステップに分けて解説します。

ポイントは、説明を「イベント」ではなく「プロセス」として設計すること。

当日の説明会だけをうまくやろうとすると、準備不足やフォロー漏れで失敗します。

事前のシナリオ設計から公表後の面談まで、ひと続きの流れとして計画しておくと、想定外の質問や反応にも落ち着いて対応できます。

ステップ1:買い手と開示シナリオをすり合わせる(最終契約に向けた交渉〜締結前)

誰に・いつ・何を・どの順で伝えるかを、買い手と事前に設計します。
ここが曖昧だと、現場での説明が食い違い不安を広げます。

  1. 開示する情報の範囲(決定事項・未定事項)を買い手と確認する
  2. 伝える順番(役員→キーマン→全社員)とタイミングを設計する
  3. 想定質問(雇用・待遇・組織変更・新経営陣)への回答をあらかじめ用意する
  4. 売り手経営者・買い手経営陣の役割分担(誰が何を話すか)を決める

コツ説明当日のシナリオと想定Q&Aを1つにまとめておくと、複数の場面で話がぶれません。

ステップ2:役員・キーマンへ先行して個別に伝える(基本合意〜デューデリジェンス段階

経営に関わる役員や、事業の要となるキーマン社員には、秘密保持を前提に早めに個別で伝えます
彼らの協力が、その後の全社説明を左右します。

  1. 役員・共同経営者には基本合意〜デューデリジェンスの段階で伝える
  2. 事業のキーとなる社員(キーマン)には全体公表の数日前までに個別に説明する
  3. 秘密保持の重要性を伝え、公表前の情報管理を徹底する
  4. キーマンの残留意向を確認し、必要ならリテンション(引き留め)策を検討する

コツ:キーマンの離職はM&Aの価値そのものを損ないます。早めに味方になってもらうことが最優先

ステップ3:全社員へ説明会で一斉に開示する(最終契約の直前〜クロージング前後

一般社員へは、全員に同時に伝えます。
情報格差があると憶測や不公平感が生まれるため、一気に開示するのが原則です。

  1. 最終契約の直前〜直後に、全社員が集まる場(朝礼・全体会議など)を設定する
  2. 売り手経営者がM&Aに至った理由と想いを、自分の言葉で直接語る
  3. 買い手の経営陣が挨拶し、今後の方針を伝える
  4. 部署別など少人数に分けて質疑応答の時間を取り、その場で答える

コツ社長が自ら語ることが、従業員の安心と信頼を生みます。買い手も同席し質問に答えると効果的です。

ステップ4:個別面談で不安をフォローする(公表後〜統合完了まで)

説明会で終わりにせず、その後の個別面談で一人ひとりの不安に向き合います
ここでの丁寧さが、離職を防ぐかどうかを分けます。

  1. 公表後は個別面談を設定し、質問や不安に継続的に答える
  2. 部署ごとの状況をこまめに把握し、動揺の兆しを早めにつかむ
  3. 決まったことは書面や社内資料で改めて共有し、口頭説明を補う
  4. 統合作業(引き継ぎ・業務移管)の進捗を見える化し、現場の負担を軽くする

コツ:公表直後の1〜2か月は特に離職が起きやすい時期。現場に足を運び、声を聞き続けましょう

説明会の進め方・伝え方のコツとNG

同じ内容でも、伝え方ひとつで受け止められ方は大きく変わります。
カギは正直さ・共感・社長自身の言葉の3つです。

M&Aの従業員説明でやるべきこととやってはいけないNG例を対比した図
図6:ポジティブな理由と将来像を正直に伝えるOK例と、隠す・代理人任せ・過度な安心のNG例。

説明会は、従業員が新しい体制を受け入れられるかどうかの分かれ目です。

ここでは、伝え方のコツと、やってはいけないNGを整理します。

伝え方の5つのコツ

従業員の不安を減らす伝え方には、共通する型があります。
次の5点を意識するだけで、受け止められ方が変わります。

M&Aの理由を「後継者問題の解決」「経営の安定」「さらなる成長」といった前向きな文脈で語り、将来像とセットで示すことが基本。

そのうえで、次のコツを押さえます。

  1. ポジティブな理由と将来像を示す(後継者問題の解決・経営の安定・成長機会)
  2. 正直に伝える(誇張・断定を避け、決まっていないことは「未定」と言う)
  3. 従業員の不安に共感する(「自分より不安なのは従業員だ」という前提に立つ)
  4. 想定質問への回答を事前準備する(雇用・待遇・組織変更・新経営陣)
  5. 口頭説明のあと書面でフォローする(言った・聞いていないを防ぐ)

なかでも効くのが、想定質問への準備です。

「雇用は続くのか」「給与は変わるのか」「上司は誰になるのか」「新しい経営陣はどんな人か」といった質問は、ほぼ必ず出ます。

答えを事前に用意し、決まっていることと未定のことを切り分けておけば、その場で慌てず、誠実な印象のまま説明を終えられます。

とくに大切なのが『社長自身の言葉で語る』こと。
理由と想いを経営者が自分で話すかどうかで、従業員の受け止め方は大きく変わります。

やってはいけない5つのNG

よかれと思ってやったことが、かえって不信や離職を生むことがあります。
次の5つのNGは避けましょう。

従業員説明の失敗には、いくつかの典型パターンがあります。

行動とあわせて、NGな理由をセットで押さえておくと、本番で避けやすくなります。

→ 表は横にスクロールできます

NG行動なぜまずいか・どうすべきか
確定前に一般社員へ漏らす情報漏洩・動揺・破談のリスク。役員・キーマン以外への早期開示は避ける
社長が説明を代理人任せにする「自分たちは大事にされていない」という不信感。理由と想いは社長自身が語る
「絶対に大丈夫」と過度に安心させる後で食い違うと一気に信頼を失う。不確実性は誠実に認める
説明会だけで終わらせる個別の不安が置き去りになり離職につながる。面談でのフォローを続ける
従業員ごとに違う内容を伝える情報格差が憶測と不公平感を生む。全社へは同時・同内容で開示する

説明後のフォロー|離職を防ぎ引き継ぎを止めない

説明は「した」で終わりではありません。
公表後の1〜2か月こそが離職の起きやすい正念場。
フォローと業務の引き継ぎを同時に進めます。

M&A説明後のフォロー(個別面談・リテンション・引き継ぎの見える化)の仕組みを示した図
図7:説明後は面談によるリテンションと、業務の引き継ぎ・見える化を並行して進める。

説明会を無事に終えても、従業員の不安がすぐに消えるわけではありません。

むしろ公表後こそ、社員一人ひとりの不安に向き合い、同時に統合作業をスムーズに進める必要があります。

ここが、M&Aが「成功」に変わるかどうかの分岐点です。

リテンションと継続的な面談で離職を防ぐ

公表直後は離職が起きやすい時期。
定期的な面談で不安を受け止め、キーマンには引き留め策を用意します。

公表後は、個別面談や部署ごとの対話の場を設け、質問や不安に継続的に答えます。

とくに事業の要となるキーマンには、役割や処遇を具体的に示し、残ってもらうためのリテンション策を検討します。

近年は労働力不足を背景に、買い手側も「解雇」より「引き留め」を重視する傾向が強まっています。

面談では、答えを出すことよりも「聞くこと」を優先しましょう。

従業員が何に不安を感じているかは人によって違い、雇用そのものより、慣れた仕事の進め方が変わることを気にしている場合も少なくありません。

表面的な安心の言葉より、一人ひとりの具体的な心配に向き合う姿勢が、結果的に定着につながります。

M&A後にどんな課題が起きやすいかは『M&A後の課題とPMI(統合)の進め方』のページで、統合プロセスの全体像をつかめます。

属人化を防ぐ「タスクの見える化」で引き継ぎを止めない

従業員の不安の裏には「業務の引き継ぎへの不安」という現実的な心配もあります。
業務を見える化しておくことが、フォローと引き継ぎの両方に効きます。

M&Aの前後で最も現場を疲弊させるのが、業務の引き継ぎです。

誰が何を、いつまでに、どんな手順でやっているのかが特定の人の頭の中にしかない状態(属人化)だと、担当者が辞めた瞬間に業務が止まります。

これは従業員にとっても「自分に負担が集中するのでは」という不安の種になります。

だからこそ、説明と並行して業務やタスクを見える化し、担当者が代わっても引き継げる状態を作っておくことが重要です。

M&Aや事業承継で組織が変わる局面ほど、この「見える化」が引き継ぎの停滞や属人化を防ぐ支えになります。

具体的な進め方は『M&A後の業務引き継ぎ|失敗しない6ステップ』や『先代の属人化を引き継ぐ5ステップタスクの見える化のやり方』のページもあわせてご覧ください。

M&Aや承継の局面で引き継ぎを止めないためには、「誰が・何を・いつまでに」をチーム全員が見られる状態にしておくことが近道です。

属人化した業務を、担当者の頭の中からチームの見える資産へ移しておきましょう。

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M&Aで従業員に説明するときの法的留意点

従業員説明には、法律で定められた手続きが関わる場面があります。
とくに会社分割・労働条件の変更・秘密保持の3点は要注意です。

M&Aの従業員説明に関わる法的留意点(労働契約承継法・不利益変更・秘密保持)を整理した図
図8:会社分割は承継法の手続き、労働条件の不利益変更は原則同意、上場企業はインサイダー・適時開示に注意。

従業員への説明は、経営者の配慮だけでなく、法律が関わる部分もあります。

ここでは一般論として押さえておくべき点を整理します。

実際の手続きは案件ごとに専門家へ確認するのが前提ですが、全体像を知っておくと、説明の設計を誤りにくくなります。

会社分割は労働契約承継法の手続きが必須

会社分割では、労働者を保護するための通知・協議・措置が法律で義務づけられています。

会社分割で労働契約が承継される場合、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)が、分割会社に一連の手続きを課しています。

対象となる労働者への書面による通知、労働契約の承継についての個別の協議、そして雇用する全労働者の理解と協力を得るための措置などです。

具体的には、承継の対象となる事業に主として従事する労働者などへ会社分割に関する事項を書面で通知すること、労働契約の承継について労働者と個別に協議すること、そして雇用するすべての労働者の理解と協力を得るよう努めることが求められます。

対象になるかどうかで承継先が変わり、一定の場合には労働者が異議を申し出る権利も認められています。

これらを怠ると手続きの有効性が争われることもあるため、会社分割のケースでは特に慎重な対応が必要です。

詳しくは『会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律』の条文や、『厚生労働省:分割会社等が講ずべき労働契約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針』で確認できます。

労働条件の不利益変更は原則として同意が必要

給与や待遇を従業員に不利な方向へ変えるには、原則として本人の合意が要ります。
一方的な変更はトラブルのもとです。

M&A後に労働条件を見直す場合、就業規則による労働条件の不利益変更を、労働者の合意なく一方的に行うことは原則として認められていませんe-Gov法令検索:労働契約法)。

事業譲渡での転籍や条件変更にも、本人の同意が必要です。

「M&Aだから条件が変わるのは当然」という進め方は禁物。
変更が必要な場合は、個別に事情を説明し、合意を得るプロセスを丁寧に踏みましょう

秘密保持・インサイダー・適時開示に注意

公表前の情報管理は、従業員の混乱を防ぐだけでなく、法令上の要請でもあります。
とくに上場企業は注意が必要です。

M&Aの情報は、公表前は厳格に管理する必要があります。

当事者に上場企業が含まれる場合、M&A情報は投資判断に影響する重要事実に当たり得るため、インサイダー取引規制や証券取引所の適時開示ルールへの配慮が欠かせません。

一般従業員への公表を適時開示と同じタイミングに設計するのは、このためでもあります。

非上場の中小企業でも、うわさが取引先や金融機関に伝われば信用不安につながります。

公表までは情報を共有する範囲を必要最小限に絞り、資料の管理やメールの宛先にも注意を払うことが、結果的に従業員の雇用を守ることにつながります。

中小企業のM&A全般の進め方や留意点は、『中小企業庁:中小M&Aガイドライン』や『中小企業庁:事業承継ガイドライン(第3版)』といった公的な指針も参考になります。

よくある質問(FAQ)

M&Aの従業員説明について、経営者からよく寄せられる質問をまとめました。
自社の状況に近いものから確認してください。

M&Aを従業員にはいつ伝えるのが正解ですか?

一般の従業員へは、最終契約を締結した直前から直後、クロージングの前後に一斉に伝えるのが原則です。それより前の段階では秘密保持を優先し、役員は基本合意〜デューデリジェンス段階、キーマンは全体公表の数日前、というように役職に応じて段階的に伝えます。

従業員に早く伝えたほうが誠実ではないですか?

確定していない段階で一般社員に伝えると、不安や情報漏洩が広がり、取引先や金融機関に噂が回って条件が悪化したり、M&A自体が破談になるリスクがあります。秘密保持は従業員を軽視しているのではなく、雇用と取引を守るための配慮です。その考え方を公表時に言葉にして伝えると納得されやすくなります。

M&Aで従業員は辞めてしまいますか?

伝え方とフォロー次第です。確定後に正しい順番で、社長自身が理由と想いを正直に語り、公表後も個別面談で不安に向き合えば、離職は大きく抑えられます。近年は労働力不足を背景に、買い手側も解雇より引き留め(リテンション)を重視する傾向が強まっています。

株式譲渡と事業譲渡で従業員への説明は変わりますか?

変わります。株式譲渡では雇用主である会社が変わらないため、雇用も労働条件も原則そのまま継続し、個別同意も不要です。事業譲渡では従業員は買い手へ転籍し、雇用契約を結び直すため本人の同意が必要で、条件が変わり得ることも丁寧に説明します。会社分割では労働契約承継法に沿った通知・協議・措置が必要です。

給与や退職金はどうなると説明すればいいですか?

株式譲渡では労働条件は原則そのまま引き継がれます。最終契約で一定の雇用維持期間を設け、その間は現状水準を維持する取り決めを置くこともあります。確定していることは正直に伝え、将来の制度統合で変わり得る部分は「決まった段階で個別に説明する」という姿勢を示すのが誠実です。

説明会は社長が話すべきですか、専門家に任せてよいですか?

M&Aに至った理由と想いは、社長自身の言葉で語るべきです。代理人任せにすると「自分たちは大事にされていない」という不信感につながります。手続きや制度面の細かな説明は買い手や専門家が補い、質疑応答には買い手の経営陣も同席して答えると効果的です。

説明したあとは何をすればいいですか?

説明会で終わりにせず、個別面談を重ねて一人ひとりの不安に継続的に答えます。あわせて、業務やタスクを見える化して属人化を防ぎ、引き継ぎが止まらない状態を作ることが、離職防止と統合の成功の両方に効きます。

まとめ:確定後に・正直に・社長の言葉で伝える

M&Aの従業員説明は、テクニックよりも「順番」と「誠実さ」で決まります。

最後に要点をチェックリストで振り返りましょう。

従業員説明チェックリスト
  • 一般社員への公表は最終契約後〜クロージング前後に一斉に行う
  • 順番は「役員→キーマン→全社員→個別フォロー」を守る
  • 自社のスキーム(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)による違いを把握している
  • 雇用・待遇・働き方・成立可否の4つの不安に、答えを用意している
  • M&Aの理由と想いを、社長自身の言葉で正直に語る
  • 公表後も個別面談を重ね、業務の見える化で引き継ぎを止めない

覚えておきたいのは、従業員説明のゴールは「動揺させずに公表を終えること」ではなく、従業員が新しい体制を前向きに受け入れ、働き続けてくれることだという点です。

確定後に・正直に・社長自身の言葉で伝え、公表後のフォローと業務の見える化まで一続きで設計すれば、M&Aは会社にとっても従業員にとっても前進の機会になります。

参考文献・出典

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この記事を書いた人

小松裕介のアバター 小松裕介 代表取締役社長CEO

株式会社スーツ 代表取締役社長CEO 小松 裕介

2013年3月に、新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト株式会社(現社名:伊豆シャボテンリゾート株式会社、東証スタンダード上場企業)の代表取締役社長に就任。同社グループを7年ぶりの黒字化に導く。2014年12月に当社の前身となる株式会社スーツ設立と同時に代表取締役に就任。2016年4月より、総務省地域力創造アドバイザー及び内閣官房地域活性化伝道師登録。2019年6月より、国土交通省PPPサポーター。
2020年10月に大手YouTuberプロダクションの株式会社VAZの代表取締役社長に就任。月次黒字化を実現し、2022年1月に上場会社の子会社化を実現。
2022年12月に、株式会社スーツを新設分割し、当社設立と同時に代表取締役社長CEOに就任。

2025年5月に、『1+1が10になる組織のつくりかた チームのタスク管理による生産性向上』を出版。

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